makiのきまぐれ御朱印旅

御朱印ブームにのっかった神社やお寺のお詣り記録です。

四神「玄武」の「玄武神社」に行き当たる!

3月8日、本日の予定3社目の参拝を終え、あとは大通りに出ればよし。それには東に向かうべし。。。と進んでいたら、2軒目の今宮神社の旅所の鳥居を発見。

 

 

中に入るもコインパーキング???にってる模様で、??たださらなるその奥(東側)に、赤い鳥居やらが見えておりまして。。。駐車場とは別敷地のフェンスを越えた向こう側らしく。。。そっちが旅所?とかって、ぐるりと回ってみると全然ちがう「玄武神社」なるところに行き当たった。。。

玄武??なんか聞いたことある??って看板を読んでみた。

社名の玄武とは、青龍、白虎、朱雀とともに王城を守る四神の一つで、平安京の北西の守護神として名付けられた。亀に蛇が巻き付いた形で描かれることが多い。

余談ですが・・・いつも予習することなしに何も考えずに参拝し、記事をupしながら復習っていうか、改めてお勉強する私。2軒目の建勲神社のあった船岡山、玄武の基準点とかって説明がありましたねぇ(^^; 紫野っていう地区は、「とっても玄武」ってことなんでしょう。。。そしてちゃんと玄武神社なるどんぴしゃも引き当てるっていうのは、実は私、持ってる!?かもね。。。( *´艸`)

 

 

マンションを背中にしょいしょいしてる本殿は、ちょっと珍しい光景!?

狛犬さんが、ちょっと、恐ろしいお顔をしてます。。。

 

御祭神として、文徳天皇の皇子である惟喬(これたか)親王を祀り、別名惟喬社(これたかのやしろ)とも呼ばれている。

親王の末裔で当時この地に住んでいた星野茂光が元慶年間(877~885)に、親王の御霊を慰め、また王城北面の鎮護を願って、親王の外祖父にあたらう紀名虎(きのなとら)が所蔵していた親王寵愛の剣を祀ったことに始まると伝えられている。

 

いつものごとく、失礼ながら格子越しに中を覗き見てみると、玄武のイラストがあります(^^)

 

毎年四月の第二日曜日には、「玄武やすらい祭」(国の重要無形民俗文化財)が行われる。この民族芸能は、平安時代の花の精の力による厄神封じ(花鎮め)に由来し、桜や椿で飾られた風流傘を中心に、鉦や太鼓の囃しにあわせて、鬼や小鬼が町を練り歩く。京都の奇祭の一つとして知られている。

へぇ。。。。4月、ニュースとか気を付けてみてみよう(^^)

 


末社玄武稲荷大神は五穀豊穣商売繁盛のご利益

 

 

末社三輪明神は病気平癒延命長寿のご利益

 

 

御本殿と、二つの末社、三度のお参りで、厄除け、商売繁盛、延命寿命と3つのご利益を得られます。って宮司さん(女性らしい!)の書かれた記事がありました(^^)

 


桜の季節だから台紙はピンクにしてみました!っていうお姉さん。(←もしやあれは宮司さんだったのか??)

おばあちゃんのぽたぽた焼きの小袋1つがおまけについてました(笑)

初穂料1000円は、ちょっとお高いなぁと思ったけれど、これもご縁。

 

 住所  〒603-8214 京都市北区紫野雲林町88 

 アクセス  地下鉄北大路駅下車後、京都市バス大徳寺前」徒歩8分

 

お詣りする順番を間違えた(^^;「建勲神社」は通称「けんくん」と読む!

3月8日の京都めぐりは、北側から下って行ったので、普通とは違う方面からお参りすることになった「建勲神社織田信長にまつわる神社だ!ってことだけ知って、現地に向かったので、この境内図を見ても、イマイチ現在地(境内図中央当たり)がわかってなかった。

本来、右下のほうから摂社末社などを経ながら、本殿に進むようですが。私は上のほう(今宮神社の参道の先に、建勲神社参道こちら看板をみつけた)から入ったので。。。ちょっとだけ、後悔することになるのは、後ほどの話。

 

ところで、この社号なんて読む?「けんくんじんじゃ」だよね~。って思ってたら、「たけいさおじんじゃ」ってかながふってあったのを見て、ちょっと恥ずかしい。

通称けんくんじんじゃ」って書いてあったので、全然間違いではなかったので、ほっとした。というお話。

 

 

現在地は、軽合図の中央当たり。でもここに、社号標があるので、(右方向から来た。左方向には昇ってくる階段があった)、さぁ、ここから!って信じて疑わなかったのが。。。また後の話。

 

御祭神 織田信長

天下を統一した信長の偉勲を称え、明治二年(1869)に明治天皇により創建された。同八年(1875)、別格官弊社に列せられ、社地を船岡山東麓に定め、次いで現在の山頂に遷座した。

船岡山は、平安京正中線の北延長上に位置し、平安京の玄武(北の神)として造営の基準点にされたという場所で、本能寺の変(1582)の後、豊臣秀吉が正親天皇の勅許を受け、主君である信長の廟所と定めている。

信長着用の紺糸威胴丸、桶狭間の合戦で信長が戦利品として持ち帰った義元左文字と称される太刀、太田牛一自筆本の「信長公記」などの重要文化財のほか、信長ゆかりの宝物を多数有する。

10月19日の船岡祭は、祭神・織田信長が永禄11年(1586)に初めて入洛した火を記念したものである。

 

グーグルマップでヒットして、参拝を決めた神社さん。

映画(キムタク)とか、ドラマ(岡田准一)とかで話題になってる信長さんだし、宝刀巡りとか(私はあんまりわからないんだけど)、イロイロと人気らしい。ってことで。。。

でもとても静かな神社さんでした。

 

ってその前に、看板から転写した上の説明書きで、別格官幣社(べっかくかんぺいしゃ)ってなんぞや?ってなるわね(^^;

それは、明治政府によって新たに設けられた近代社格制度における神社の社格の一つだそうで、今まで私が訪れたことがあるのは、楠木正成湊川神社、イノシシがたくさんの和気清麻呂公の護王神社がそうらしいです。一覧はこちら↓↓

別格官幣社について - 建勲神社 (kenkun-jinja.org)

 

 

で、改めまして。。手水舎で心身を鎮めて。。。

 

 

狛犬さんが、でっかくて勇ましい。全体的になんか、新しい感じがしました(^^)

 

 

拝殿

 

神門があって、その奥が本殿らしい。。。

 

意外にも整いすぎていて(?)、あんまり見どころが感じられない。。。的な!?汗

あ、でもここは山頂!めっちゃ景色が良い感じです。

 

 

御朱印、たくさんあったんですけどね。。。。直書きだけでも2種あって、今宮神社で見開きの御朱印いただいたので、1枚もののほうがページ空いてたので。。。シンプルなのをいただきました。

 

 

とかっていいながら、敦盛って??といいながら、ちょっと記憶に引っかかって、これもくださいと。。。

 

 

こちらに来て最初にみたのが、こちらの石でした。。。舞の題名なのね。。敦盛。

 

 

なんだかんだと満足して、さて、山を下ろう。。。

梅かと思えば桜らしい。ニュースで有名な早咲きの桜、河津桜とのこと。

 

 

 

階段を下りきったころ。。。あぁ、こんなところに、摂社だか末社がありましたか。。。

朱の鳥居が連なるのは、きっとお稲荷さんだね(^^) せっかく降りてきた山を、また、上るのね(^^;

 

 

末社 義輝(よしてる)稲荷神社

宇迦御霊大神(うかのみたまのおおかみ・衣食の神、商工繁の守護神)、国床立大神(くにとこたちのおおかみ・住居安泰・病魔退散の神)、猿田彦大神(さるたひこのおおかみ・迷いをただす。交通安全厄除の神)の三柱の大神を祀り、古くより秦氏の守護神として今日の西陣織の祖神をなしている。

 

稲荷命婦本宮

命婦元宮には伏見稲荷大社命婦社の親神「船岡山の霊狐」が祀られている。このご誉族の神通力により稲荷大神の御霊験は愈々深く不可思議なお力をお授けになる。

ここの御朱印あったんだよ。。。社務所で、これは何?どこ??って思ったんだけど、なんせ御朱印が刀シリーズとかいっぱいあって。。。それ系?と思ったのと、書置きタイプだったんだけれども、御朱印帳がいっぱいになってしまってて。。。(敦盛のを、張りましょうか?って直書きいただいた後、のりで張っていただけた!何たる親切!!でも、それが裏表紙にかかる最後のページだった。。。)いただかなかったんだけど、まさか、こちらでお参りできたとは(^^; また、来ます!!宝刀シリーズ巡りの際に!?

・・・ってか伏見稲荷の元宮ってことは、総本山の親玉ってこと??すごくない!?

 

 

神石「太平和敬神」

明治43年本殿以下社殿10棟すべて山頂へ移設、そして旧本殿、真の御柱跡にこの石が建ったということです。

うん、完璧に、お参りする順番が逆ですわねぇ(^^;

 

 

もと神様がいた本殿跡。。。ってことで、こちらも立派な狛犬さんが守ってます。

 

逆走の嵐(T_T) 燈籠に建勲神社の文字!かっこいいです(^^)

なんかね、山頂の本殿などをお参りするより、麓のほうが見どころたくさんって感じ!?

 

 

正面の鳥居がお稲荷さんに進む道ですが、左に折れたら「太平和敬神」前の階段に進めます。そしてその神石の前を取っ通ってお稲荷さんにお詣りしたので。。。階段、いっぱい。。。進む道は1本にあらず。。。

 

大鳥居、木造で趣があります(^^)

 

 住所 〒603-8227 京都市北区紫野北舟岡町49

 アクセス 京都市バス建勲神社前」または「船岡山」バス停より徒歩9分

いろいろ盛沢山、「今村神社」にお参りしたよ

3月8日京都めぐりは、上賀茂神社から晴明神社を目指してみよう(^^)

グーグルマップを開いたら、以前に決めたチェックポイント、もとい、お詣りしたい神社が並んでおりました。まずは「今宮神社」です。

方向を見定め、商店街やら、住宅街やら、てくてく歩く事約30分。無事にたどり着きました!

こちらから入ると名物の「あぶり餅」やさんが軒を並べておりまして。。。お茶でも一杯♬のはずでしたが、季節外れの平日だからかな。。。すべてしまってたのは残念かな(^^;

見た感じ、ひっそりした神社さんかな~。なんて思ってたら、実は大間違いでした。

 

 

桜の季節に来たら、見事な景色なんだろうなぁ。。。と思いつつ、ここでもまだ、ひっそりした神社さんだと思い込んでいた。。。

東門

 

神橋 朱色の綺麗な橋げたにテンション上がっております!元禄の遺構だそう。

 

 

さてさてお詣り♬って思ったら右側に本殿、あれ、左手に立派な門が!?

…ということで、やり直しです笑

 

立派な楼門です。大正創建だそうです。

 

両サイドを守るのは超立派な狛犬さん。写真じゃぜんぜんわかりませんが、めっちゃでっかいんですよぉ!

 

 

朱色が美しく、立派な扁額の文字は。。。今宮大?読めない。。。

 

 

拝殿

 

門前の狛犬は勇壮な感じでしたが、こちらに坐する狛犬さんは、趣が変わって愛嬌たっぷり

 

大己貴命(おおなむちのみこと)・事代主命(ことしろぬしのみこと)・奇稲田姫命の三柱を祀る神社であり、鎮疫の神として信仰が厚い。

疫病鎮めのために一条天皇は、正暦五年(994)に厄神をひとたび船岡の上へと奉安して御霊会を修せられ、長保三年(1001)には新たに三神をまつる神殿を現社地に造営して、再び御霊会を営まれた。今宮の名は、この新しい宮に由来する。

現社殿は明治の再建である。

四月第二日曜日、桜の花開く頃に斎行される「安良居(やすらい)祭」は厄神鎮めの祭礼であり、京都の奇祭の一つとして知られている。

 

本殿の左側にもお参りするところがあります。。。さっき上賀茂神社でお勉強したそっくり同じに作った仮住まい、権殿ですか?いやいや、それはないでしょう。。。

上に書いた説明書きは、唐門の入り口の看板に書いてあったことを転記してるのですが、じつはここに、こちらの事もちゃんと書いてありました。後で知ったのですが汗

本社の西には、本社が鎮座される以前から厄神が鎮まるといわれる摂社・厄神社がある、素戔嗚尊を祀る。

実際お詣りした時は、そんなこととはつゆ知らず。社務所パンフレットを10円でいただき、確認し、判明。。。でもその場でわかってよかったじゃん。

そっか~。コロナ禍がおさまりつつある(?)今、お詣りしたのも何かの縁!?

 

梅が綺麗に咲いておりましたので、おなじみの梅越しのお写真です(^^;

 

 

御朱印は1面だと300円、2面で500円。見開きで直書きしていただけるのは珍しいので、せっかくだからと2面のをいただきました。

厄神社の御朱印もあったのですが、1000円っていうお値段と、社務所に寄った時点で厄神社の存在をよくわかっていなかったので。。。またの機会に・・

 

 

 

そして本殿にお詣りする前から、いろいろ気を取られる景色があったのですが、パンフレットをじっくりと見て、お参りを開始です!

織田稲荷神社ですと!?この後伺う予定の神社が織田信長をお祀りしてある神社。先日キムタクの映画も見てきましたし、ここは外す手はない!!

あれ?扁額には紫野稲荷社って書いてありますねぇ。。。まぁ、進んでみましょう。。。

 

 

鳥居の中でそれぞれのお社を確認していきますと、3つ並んだ中、向かって一番右側がそうでした!

そして、さらにその右側。鳥居の敷地の外側(?)に母君桂昌院レリーフなるものもありましたよ!なんかタイミングはずして、みてませんけど!!

 

 

いや、この扁額、大きさがあってませんけど(^^; 。それをムリムリ写真に収めようとする私もたいてい。。。どうぞ、無礼をおゆるしを。。。

 

 

そして、上賀茂神社の斎王さまつながりということで若宮社。加茂斎院ゆかりのお社。

今宮祭の牛車で巡行するのはこのお社の神だそう。

 

東門から入った私は、まずここが最初にお参りする場所か?と勘違いしそうになった場所。一番高いところにお祭りされてる摂社に続く鳥居です。

 

 

月読社 暗闇に光を与える月読さん。一番高いところにあるお社。神様の目線で石鳥居がみえるかも って石鳥居??って楼門のさきにみえたやつかしら??

とりあえず、その方向には幼稚園か保育園がありまして。。。見えません!

 

阿保賀さん 関西人としては、どうしても「あほか?」って茶化したくなります。ごめんなさい。

そして間違いに気づいて恥ずかしくなる。「あほかしさん」だそうです(^^;

 

 

鎮座する石はこちら。「重軽(おもかる)石」とも呼ばれ、まず石を手の平で軽く三度たたいて持ち上げた後、願い事を込めて手の平で三度なでて持ち上げてみて、軽くなっていれば願いが成就すると伝えられている。

 

 

意気揚々と三度たたいて持ち上げて、さて、願いを込めようと思ったら。。。願い事が思いつかない!?(^^;

とりあえず。。。って願いを唱え持ち上げてみるも、そんな気持ちで石が軽くなるはずもなく(^^;

 

ぐるりと一周して最初の厄人社のもとへ戻ってくると。。。白梅が咲いています!とおきまりのショット📷✨

 

 

 

織姫神社七夕の彦星と織姫かと思いきや、西陣織物の祖神・技芸上達の神とのこと。 まぁ、近頃は織姫彦星の七夕伝説になぞらえた信仰もあるそう。

 

 

 

 

これだけでも抜粋なんですよね~。最初に思ったこじんまり。。。とは全然違うくて、あまりにもたくさんあって、却ってあたふたしてなぜか、端から順にお参りすることなく抜粋する私。しっかり、本末転倒してますかね(^^;

 

楼門をでてずっと先に赤い鳥居が見えてるんですよね~。最初にやりなおし参拝を始めたときに、先の鳥居は気付きましたが、そこまで戻るにはちょっと遠すぎて、どうせ、次の目的地あっちだから。。。と後回し。そしたら、がっつり、住宅街。だからちょっと失礼して。。。と、お行儀が悪いのは承知のうえで、お昼ご飯替わりのパンをかじりながら。。。結構、距離あるわ。。。ちょっとだけカーブしてるから、鳥居からは見通せないか??と、とりあえず、パン1個食べ終わったところで振り返って写真に収めてみる。

 

 

本来は、こちらからお詣りするんだろうね~。後先になりましたが、って振一応もごもご言い訳してみる。

裸眼では確認できた楼門ですが、写真に収めるとちょっとわからんねぇ。。

 

 

さぁ、次だ!って道路を渡る信号に行くと、あら、立派な社号標あるじゃん・・・・でも、これは、道路の向こう側からでないと無理か。。。大きめの道路北大路通をわたって📷✨ いや、もろ、交差点です。でね、背中合わせに次の目的地、参道、こちら☚の案内があった。

 

 住所 京都市北区紫野今宮町21

 アクセス 地下鉄烏丸線 国際会館行「北大路駅」下車 1番出口より西へ20分